☆あなたのMyページへ新着記事をお届けします。まずご登録を!☆


My Yahoo!に追加 Googleに追加
Powered by SEO対策 RSSプラス

テクノラティプロフィール





第26話 家の中と外と!

新しい学校にも慣れ、友達もでき、どうにか授業にも

ついて行きだした、でぶっちょでしたが、家の中では

波紋が広がろうとしていました。

読者諸兄はでぶっちょののことを、覚えておいで

だろうか?

そう、昼から夜へ仕事を変えて、この頃は目黒の

セブンスターというクラブで働いていたそうです。

もともと、親兄弟が母を頼って上京、母は生活費を

捻出しようと、働きにでたのが始まりでした。

この頃のでぶっちょ家には、母の姿があまり

ありませんでした。

父も、昔とったきねきねで、夜の仕事に変わりましたので

夜はでぶっちょ3兄弟と母の父(祖父)と4人でした。

父が夜の仕事を始めたのは、自分が夜働けば、母は仕事を

やめて、家にいるだろうという計算からでした。

しかし、それが見事に裏目に出ました。

母は、仕事が忙しく、身入りもよくなり、おもしろくなった

のでしょう。

夫婦でどんな話し合いがあったのか、知る由もありませんが、

交渉は決裂したのです。

必然的に夜の家事は、でぶっちょと祖父の仕事になりました。

祖父といっても、元大工で家事なんかした事がありません。

でぶっちょに家事が重くのしかかってきました。

包丁を握りだしたのもこの頃からでした。

父と顔を合わすときは、たいがい料理のレッスンでした。

包丁の使い方、野菜の切り方など...etc。

歳を経るともに徐々に上達していきました。

この頃、母の顔を家で見れたのは週1回くらいだったと思う。

それが、だんだんと周期が長くなり、月1回から3月に1回

までになったのです。(涙

子供ですから、母親は恋しいし、まして、ちびっちょはまだ

4歳でしたから、慣れるまでぐずって、かわいそうでした。

そんな状態でしたので、母が帰ってきても「お帰りなさい」

って言えなくなり、出て行くときは「今度いつ来るの」て

つい言ってしまって、父にはこっぴどくしかられました。

「お帰りなさい」と「行ってらっしゃい」と言いなさい

て言うんです。

朝の支度は最初のころは父がやってましたけど、父も

忙しくなり、明け方帰ってくることも多くて、でぶっちょも

手伝うようになりました。

たいがい、朝ごはんは食卓の上に作ってありました。

それを暖めて、食べて学校へいってました。

電子レンジも炊飯ジャーもない時代でしたので、

けっこう面倒くさかったですね。

特に夏の暑い日は何かプーンと匂う気がして。

そんな、家庭環境でしたから、学校へ行くのが楽しくて

楽しくてしょうがありませんでした。

当然、学校の行事には母は来ません、授業参観は誰も

来ません。

たまに、父が授業参観にやってきましたが、当時は

今と違って父親が昼間学校に来るなんて、考えられ

ませんでしたので、かなり、注目目の的でした。

それでも、父としては精一杯来てくれたのだと思います。

年に1回の運動会は父も、母もきてくれて

職場のお友達までつれて、にぎやかでにぎやかで、

とても楽しかった。

こんな時がいつまでも続けばいいと

子供心に思ったものでした。


  つづく













タグ: 仕事 留守
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/42103291

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。